ほはばブログ

50代からの女性の暮らし方、働き方

【読書記録】酒井順子さんの「ガラスの50代」を読んだ50歳の素直な感想。

先週、ついに50歳になってしまいました。

50歳になった自分へのプレゼントは美容室へ行くこと。週末の度に用事があり、2ヶ月弱ぶりです。「トリートメントタイプの白髪染め」を購入し、徐々に染まってきたのでとりあえずカットのみで。ボサボサの髪型に「だらしない人」との烙印を押されているのではないかという心配からも解放されました。やれやれ。

 

帰りにこれまた1年以上ぶりに図書館に寄りました。

入り口には体温を測る機械が設置され、雑誌棚付近にあったソファは撤去されていました。いびきをかきながらうたた寝をしている中高年男性に眉をひそめていましたが、がらんとしたスペースに時の流れを感じ彼らの存在さえ懐かしく感じられたのです。

1冊だけ読んで帰ろうと手に取ったのがこの本。まさに今日の私のためのタイトルです。

 

高校時代から泉麻人さんのエッセイのファンで(特に好きだったのはテレビブロスに掲載されていたコンビニエンス物語)。その流れでいとうせいこうさんの小説や酒井順子さんのエッセイを読み始めたのです。

酒井さんの「ちょっと年上の先輩がななめ45度から世の中をみる」という内容に憧れを持っていました。都会の高校から大学へ。そしてバブル世代に就職をしたという華々しい半生。

しかし、年月を重ね憧れはやがて、自分自身を卑屈にさせるものとなりました。

東京の大学でもないし、ましてや高偏差値でもない。とどめはバブルははじけ…。

それでなくても低い私の自己肯定感は酒井さんのエッセイを読めば読むほど下がる一方。

そんな時でも酒井さんは着々と会社員からエッセイストという華々しいキャリアを積み上げていました。自虐に自虐を重ねているのになぜか軽やかな文体は「負け犬の遠吠え」などというタイトルさえも、私にとっては羨望のまなざしでしかありませんでした。

本書も例外なく私にとっては素敵な独身女子の酒井さんでした。

どちらかというと本に出てくる「酒井さんの友達」に近い状態の私。いつの間にか彼女たちに近い将来の自分を投影させていました。

 

50歳になれば、体調の変化など共通することも多いですが人生は人それぞれです。

どんな人生がベストかなんてわからない。選ばなかった人生をうらやんだりするよりも、「とりあえず生きていてヨカッタ」「今いる場所で大きくなくともたくましく生きていこう」という気持ちでいます。

それにしてもなぜ酒井さんはこの本に「ガラスの50代」というタイトルをつけたのでしょう。私にとってはこれから始まる50代は「ガラス」というよりポリカーボネートの50代を目指しています。傷がついても割れない たくましい人生を送りたい。光を透過するが如く明るく過ごしていきたい。

白髪染めトリートメントがダメならまた美容室で染めればよいし、

食事に胃もたれするなら胃薬飲んで一食抜けばよい。

老いる、という言葉にはまだ抵抗はあるけれど、変わっていくことを受け入れ、受け入れることを楽しんでいきたいです。