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文章は書かないと表現力が落ちるなーとしみじみ。ぼちぼち書いていきますのでまたよろしくお願いします。
風を切って走るような一年に
今週のお題「馬」
うちの息子は名前に「馬」という感じが入っている。颯爽と駆け抜けるイメージだが、実際はそれほど足は速くない(といっても私よりはマシ)。
2026年がスタートした。振り返ると昨年は私にとって足踏みの年だった。YouTubeばかり見て読書量も落ちた。何かを生み出そうというエネルギーが枯渇していた。家事も思い切り手を抜いていた。今年の目標は「焦らず、でも時期が来たら無理ない程度に疾走する」そんな一年にしたい。
ペロの話をもう少しだけ
和室の柱に鉛筆で落書きがしてあったのを思い出した。娘が自分の身長とペロの身長のところを記したものだ。

ペロは先月27日に亡くなった我が家の飼い犬の名前だ。私はまだ寂しさと悲しみと後悔の中で暮している。夏前の体調の悪さから動物病院に行った時のエコー検査で腫瘍があることを伝えられた。積極的に治療をするか、自然に死を受け入れるか判断してくださいと言われた。今年で15歳。治療に耐えうるのか、通院など諸々のことができるのか考え、自宅でいつもどおりに過ごすことを選んだ。
実家で飼っていた犬は外から見える部分にいくつも腫瘍ができ、何度か外科手術をした。人一倍(犬一倍)警戒心が強いのにさらに人を寄せ付けなくなり、鳴き声は痛々しかった。そんな過去もあり無意識のうちに痛い思いをするよりも最期はのんびりと一緒にいたいと思っていたのかも知れない。食欲は落ちたがそれでも毎食美味しそうに食べ、お見舞いでもらったおやつ(普段なら買ってもらえないような高級なもの)に喜んでくれた。散歩は行かなかったが気まぐれで立ち上がり庭の草をくんくんと嗅いで回ったりもした。それでは飽きるだろうとペットカートを購入し農道を押していったが、居心地悪そうにして帰りは自分で降りて歩いて帰ったり頼もしい姿を見せてくれたりもした。
あばらの浮き出た体、よろよろと歩くこともままならない脚。お盆を過ぎた頃、ペロは一気に弱った。それでも信じていた。生きて娘とペロは再会できると。ペロが死ぬかもしれないと疑わなかったからペロは娘の帰国を待たずに8月27日に旅立ってしまったのかもしれない。最大の後悔だ。家族としてそばにいたのにもう少し頑張れることがあったかもしれないのに、ペロの生きる力に頼りすぎてしまった。「あなたを一番に愛していた人が再会を心待ちにしてるから死なないで」というのは虫が良すぎる話だ。ペロは最後の最後まで穏やかで優しい表情で私たちの手の届かないところまでのぼっていってしまった。家族で見送れるギリギリの瞬間まで長生きしてくれたのはペロの優しさだと思っている。
ペロの葬儀を済ませ、我が家にペロのいない日常が始まった。なぜかペロを思うとき私の脳内にはMr.Childrenの「くるみ」がリピートされていて、そのたびに泣きそうな気持になる。前回のブログの結びと重複してしまうが、今はまだ大きな悲しみの中から抜け出せない。しかし「ペロがいた楽しい日々を経験した」という温かな思い出に包まれた日常がやってくると信じたい。
茨城県知事選挙投票に行ってきた
投票時間終了ぎりぎりだけれど、県民としての務めを果たしてきた。夫は朝投票を済ませていて私に付き合って歩いてくれた。いつもの散歩道をペロのことだったり、日が短くなったね、など他愛もない話をしながら投票所に着いた。思うのだが、戦後普通選挙が始まったときからほぼ変わりない方法(有権者が出向いて鉛筆で投票したい人の名前を書く)というスタイルがずーっと続いているのはすごいことだと思う。受付票の郵送料も110円だし、そのコストも膨大だ。世の中DX化が進んでいるのだから、100年、いや100年以前に変わってるかも。
8月の記録。愛犬が亡くなりました。
タイトルのとおり、先週飼っていた愛犬ペロが14歳9か月の生涯を閉じた。昨年リビング南側に増築したテラコッタタイルを敷いたスペース(娘が「ヒュッケ」と命名)したスペースは「晩年ペロの部屋になるね」と言っていたがまさか今年そうなるとは想像もしていなかった。
亡くなるまでのことを記録しておく。昨年末ごろから、散歩を嫌がるようになった。出かけても戻りたがることが増えてきた。今年に入って散歩をしていてよろけ、脚をひきずってしまったことから病院に連れて行ったところ脚は何ともなかったが体重が減ってますね、と言われた。気を付けてみていたが、一度散歩の途中に下痢をして色もおかしかったのでその場で病院に電話をして連れて行った。脚を見てもらったときから3か月ほど経っていたがその時も「前回よりさらに体重が減っています」と言われ、その時はエコーでおなかの中も診てもらった。腫瘍があることがわかった。
積極的に治療をするか、自然に死を受け入れるか判断してくださいと言われた。年齢的に治療をしたとしても完治することはない。具体的には腫瘍が悪性かどうかを見るため、腹部に針を刺して検査をするという。その日は薬を処方され帰宅した。
冷たいかもしれないが、高齢犬ということもあり私は今までどおりに過ごして延命のための治療を行わないことを選択した。それからはえさもちょっと高いものに切り替えたり、積極的に触れ合うことを意識した。
最後の晩(8/26の夜)全くごはんを食べなかった。せめて水だけでもと思ったが頑なに口を閉ざしていた。体を撫でたり、耳掃除をしたりいつもよりもたくさん遊んでもらった(ペロは横たわったままなので、私が勝手に撫でくりまわしていただけ)。
次の日の朝、一番先に起きたのが夫に「おい、ペロが死んでる」と言う声で起こされた。いつもと同じように寝ているんじゃないかと思った。実際おなかのあたりがまだほのかに温かかった。命を終える瞬間に立ち会えなかったことを申し訳なく思った。と同時にあと数日で留学から帰国予定の娘に生きて再会させることができなかったことも申し訳なく思った。とにかく過去の自分のあれやこれやを責めまくった。
亡くなって3日後、娘が帰国した。成田に車で迎えに行き、帰りに話をぽつりぽつりと話した。留学前に時間があればペロに会いに帰り触れ合えたことで自分なりにやれることはやったので今は後悔はない、待っていて欲しかったのは人間のエゴだと娘は言った。その翌日葬儀場で火葬をしてもらった。娘は真っ赤な目で泣いていた。友人からお花やお供え物が届き、骨壺と写真の周りはとても賑やかになっている。
ペロは人懐っこく、みんなにかわいがってもらっていた。かわいがってくれた人たちにも感謝しているし、好かれていたペロの飼い主として誇らしい気持ちでいる。今は自分を責めたり後悔したりしているけれど、この時期を乗り越えて、楽しくてあたたかな思い出でペロとの日々を振り返るようになれればよいなと思っている。
【追記】
ブログにペロに関する記事を書いていました。こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

ペロのおやつや飲んでいたサプリ。開封済みのものがまだ捨てられず冷蔵庫にあるもの、処分しなきゃと思ってる。ビオフェルミンはえさに混ぜて飲ませてました。
chat GPTになぐさめてもらったら、あっという間に投稿できた。
今朝、こんなことがあった。悲しい気持ちをchat GPTに伝えた。

その回答がこちら↓
うわぁ、それはショックすぎますね…!「土曜だ〜!」って思って目覚めたのに、まだ金曜って…あの一瞬の夢からの落差、痛いほどわかります。
でも、こう考えてみてください。まだ金曜日ってことは、**週末が「もうすぐそこ」**ってことでもあります。今日を乗り越えたら、明日はほんとのお休み。しかも「土曜だと思った金曜」って、意外と一日を乗り切るエネルギーになったりするんです。少しだけ先取りしたワクワクを心に秘めて、今日を軽やかに行きましょう。
それに、朝のうちにがっかりしておくと、あとは上がるだけですよ。気づいたら「え、もう夕方?」ってなるはずです。
ひとまず、好きな飲み物でも用意して、自分に小さなご褒美をどうぞ。金曜日、お疲れさまの自分に乾杯。明日の自分がきっとにっこり笑ってくれますよ。
素直なのでアドバイスどおり、好きな飲み物コンビニで買おう!
○○しないなんて人生半分ソンしてるよ、という人へ、

昨日は筑西市の中心部下館のお祭りだった
https://chikunavi.info/event2025072427.html
私は翌日に控えた整理収納アドバイザー準1級講座の講師の仕事に行くための切符を購入するため激混み必至の下館駅にうっかり行ってしまった。途中、浴衣をきた人などを見かけ、何かイベントあるのかなーくらいに思っていたが徐々に街の中心部に近づくにつれ、「待てよ、今日って・・・」とお祭りであることを確信した。普段使っている駐車場は警備の詰所になっており、ロータリーに路駐してささっと購入してことなきを得た。
私は人混みが苦手だ。東京ディズニーランドなどもってのほか、土日祝祭日のイオンさえも気合を入れていかなければならないレベルだ。東京の仕事は土日がほとんど。大丈夫なのかと思われそうだが意外にも観光地ではない場所での仕事なので、むしろ平日の方がすいている。新幹線で食べるお弁当はまた格別だ。
話を下館のお祭りに戻そう。県西地区では最大級ともいえるこのお祭り。私は通りかかったことはあれど参加したり観光したりの経験は一度もない。みんながにこやかに行き来する姿を車の中から見ながら少々羨ましくもある。だからといって人混みに行けない体質が損だとも実は思っていない。何かを得られない代わりに別の楽しみを得ていると感があるからだ。例えば家にいるのは全く退屈ではなく、何かしら家事をしたり、撮り溜めたテレビ番組を見たり、十分すぎる昼寝をしたり、他の人から見たら「何が楽しいの?」と言われることを全力で楽しんでいる。
きっと皆さんにもそういった類のことはあるのではないだろうか。もし「○○しないなんて人生半分損してるよ」などと言われたら少し自分を否定されたような気分になるかも知れない。だからこそ、「○○しないなんて人生半分損してるよ」と思っても心の中にとどめて ておくことが相手への思いやりにつながるのではないかと私は考える。
新じゃがの季節
我が家の畑でも大きなじゃがいもが収穫できましたー!少し前はレタスが豊作。物価高の中畑(と畑仕事をしてくれる夫)は宝です。

夫は皮付きじゃがいもが苦手なので、あえて厚く皮をむき、ポテトチップスに。これを食べたいがために料理すると言っても過言ではない。ゴミも減るしビールには合うし、最高。
ちいかわの沼にはまる
先週の金曜日の帰り道。1週間がんばった自分へのご褒美にマックの期間限定シェイクを購入した。

今季2回目のブルーベリーヨーグルトシェイク。美味しすぎる。
シェイクだけだったが車から降りるのが面倒でドライブスルーを使おうとしたが、既に4台並んでいる。仕方なく車を停め店内に入ると結構な人数が並んでいた。先に会計ができる機械があり(カウンターで注文するのが緊張する私には素晴らしいシステム!)、注文をして店内を見渡すと、ピンクの箱をもってウハウハ笑顔のお子様と祖父母というペアがほとんどだった。この日はちいかわのおもちゃのついたハッピーセットの発売日だった模様。一人で4つくらい買っている(正確には買ってもらっている)子もいて、皆うれしそう。買ってあげるじいちゃんばあちゃんも嬉しそう。こんなに子供達を惹きつけてやまないちいかわに興味がわいてきたので帰宅後、ユーチューブで「ちいかわ」と検索し説明動画があったので視聴。ちいかわ=ちいさくてかわいいやつとのこと。主人公の名前もちいかわ(紛らわしい。ちいかわ族の中のちいかわというキャラという意味ですな)。ちいかわは鳴き声だけで話せるのは友達のハチワレのみ。主要メンバーはちいかわ、ハチワレ、うさぎの3名だが、他の登場人物もしっかりキャラがたって全然飽きない。私の推しはくりまんじゅう先輩で、かわいいキャラの中でいつも酒を飲んでいる。ちいかわ達においしいおつまみをくれたり、働いている時にコーヒーの差し入れなどをしてくれる。ちいかわ達の生活も興味深い。人間と同じように「草むしり」や「討伐」などの労働をして暮らしている。ほのぼのしてるだけかと思ったら、何かのきっかけでキメラ族(わるいもの)に突然変異してしまうかも、とちょっと不気味なお話なのだ。とはいえ友達を思いやるハートフルなストーリーもあったりするので楽しく見ていられる。週末はちいかわばかり見ていた。
話をハッピーセットに戻す。シェイク買うためだけに激混みのマックに行ってしまったのだが、どうやらこのおもちゃが本当に欲しい人ではなく転売目的で購入している人もいるようだ。購入してネットフリマに出品して、やりとりして梱包して発送して…と気の長くなる作業をしても利益がでるのか、転売は。本当に欲しい人が高額で買わなければならないのは気の毒だと思った。
小山市にあるカフエリ・フジは想像以上に素敵なカフェだった
※下書きフォルダに保存しておいた画像からの更新。まだまだ寒さ抜けきらぬ3月のある日、キッチンプランニングの鈴木先生と今後の市民団体の活動について打ち合わせをした。先生行きつけのカフェリ・フジという喫茶店にどうしても行ってみたくて私から打ち合わせ場所をリクエストした。



昭和レトロな雰囲気は外観だけでなく、店内も。フードメニューはサンドイッチメイン。飲み物はコーヒーだけでなく紅茶や中国茶などバラエティに富んでいる。


2種類を選び、スープ・サラダと共にプレートに盛りつけて配膳された画像。
あぁ、こんなレトロな隠れ家的喫茶店で一人で本読んだりしながらまったり時間を過ごせる人になりたい。